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2011年4月

2011年4月29日 (金)

仮設住宅建設

知り合いの大工Aさんは仮設住宅を作る仕事のために今日、岩手に向いました。
東京から渋滞もあってか13時間かかって、夜やっとついたそうです。
仕事は大槌町の吉里吉里中学校の校庭に仮設住宅を建てる予定です。
当初の宿泊予定は大槌町だったそうですが、急遽遠野の高室水公園というところ、山の中に変更になり、大槌町から戻ったと言うことでした。
10人ほどが一部屋になる宿泊所で、たくさんの自衛隊の人が風呂に入りに来ていると言うことです。
ここに行くのに、ナビで道案内してもらうも、行き止まりになって、近くに見えているのに、行き着くことができず、近くの民家に訪ねたところ、車を出して、先導してくれた、早速お世話になったと言うことです。

私が一関を訪ねたときも、薄暮期に見知らぬ庭の池に、車のタイヤを落とし、ユンボに助け出してもらいました。助けてもらって、さらに、その落ち着いた物腰と、暖かな話し方に大変救われました。
私の友人も、岩手に親戚があって、何かできないか訪ねると、逆に、東京の水のことを気遣って水を送ろうかと聞いてくれたそうです。

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2011年4月28日 (木)

遠野まごころネットーーボランティア

東日本大震災の情報は様々に伝えられるが、その中で、何が自分にできるか考えていかねばならない。最初に必要なのは、現地の要望を聞くことだ。これがなかなか難しい。実際に行ってみて分かることは多い。知り得た情報をつないでいくネットワークがあれば、現地の役に立つことができる。
これが現地に行ったときに公民館の避難所を訪れたときに考えたことだ。

この連休に、ボランティアとして、被災地に入ろうと考えている方もあろうかと思うが、基本的にボランティアは自分の寝るところと食料を確保してと言うことになっているので、県外の方お断りとなっていたりするそうだ。
実際、現地では食料の調達はできない。しかし、私が一関に泊まったように被災地より山側の町から車で出かけることができればそこに泊まって仕事ができます。
このようなシステムを考えついたのが、神戸の時の経験を生かした、村井雅清さんの遠野まごころネットだ。
大槌町の桜木町にサテライトを置いてここに仮設のボランティアセンターを置いたそうだ。ここの泊まってボランティアができれば、日帰りせずとも数日にわたって活動することができる。しかもここにはボランティア活動に必要不可欠と言われているいわゆるコーディネーターがいない。各自する引き事を提案しつつ運営できているという。コーディネーターの指示待ちのない、水平的な関係が成り立っているという。
基本的に、地元の人たちを応援するという姿勢、後ろからのサポートを目指している。

東北自動車道の泉パーキングエリアに「仙台ボランティア情報センター」がある、そこに行くとどこでどのようなボランティアを必要とされているか、宿はあるか等の、情報が得られるようになっているとのことだ。以上NHKーTVの情報

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2011年4月27日 (水)

岩手への道

今月6日7日に、岩手を訪れたとき

東京から東北自動車道を使って一関に入った。そのときに考えたことは、

高速道路の料金が、その地域の自治体に入れば、そこに出かけることで、地域のためになるのにと。

宿は、予約せずに出かけた。野宿することも、車の中で止まることも想定していた。岩手に入ってから、地元の観光協会に電話をして宿があるかどうかを訪ねた。

協会では4件の宿を紹介してくれたが、このところ、泊まり客が多く、あいているかどうか分からないとのことだった。

1件1件電話をかけて、最後の駅前にあるホテルに空きがあった。

被災地を訪れるといっても、海岸沿いの施設は壊滅しているから、やや山側の町に泊まることになるのだ。

一関の知り合いを訪ねた後、1泊して翌朝、気仙沼へ向かった。ガソリンスタンドは昨日チェック済みで、並ばずに買えるようになっていた。

一関~気仙沼は、1時間強かかった。その間に民宿のような宿が数件みられたが、泊まれるかどうかは分からなかった。

津波に襲われた地域は、無残な姿であるが、そこに行くまでの道は、美しき東北の姿を次々と見せてくれた。

陸前高田の山側にある、寺には、一時福井県や、石川県から僧侶達が、集まり、ボランティアで瓦礫の撤去をしたそうだ。この寺の庭にある井戸に、時折、車で、タンクを持って水を汲みに来る人々に出会った。ほんの少し海辺から離れたそこは、まさに桃源郷のように思えた。

《車での移動時間》

4月6日

 9:07 大田区自宅発

10:55 東北自動車道佐野SA休憩 11:10発

11:40 東北自動車道上河内SA

14:15 東北自動車道長者原SA 給油

15:33 一関到着

16:00 F宅訪問

一関泊

4月7日

 7:00 一関発

 8:04 気仙沼港着

10:08 要谷公民館

10:15 陸前高田入り 交互交通可

      陸前高田市米崎町地竹沢公民館

14:00 和方避難所 秋葉神社内

14:20 大船渡着

14:58 大船渡発 釜石港へ

15:40 釜石着

      避難所釜石第1中学校

16:40 帰路

19:09 釜石自動車道東和入り

19:19 東北自動車道花巻JTC入り

19:30 東北自動車道花巻PA

20:10 東北自動車道長者原SA 給油

21:13 東北自動車道国見SA

      東北自動車道佐野SA

25:30 大田区自宅着

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2011年4月25日 (月)

被災地の様子

気仙沼、陸前高田、大船渡、釜石を見ました。
車が通るスペースは確保できて、ガソリンも並ばずに買えるようになっていました。
現状は見るも無惨な様相でした。
それでも、場所によって、状況はかなり違っていて、こぎれいにできている避難所もありました。
陸前高田のある公民館を使っている避難所では、物資は自衛隊が届けてくれるようになって
不自由はなくなったが、の避難して寝泊まりしている人達に加えて
食事をとりに来る人を加えルと244人の物資を分配するために、
広間に一人分ずつの物資を並べていく作業を、たった3人で、毎日行うとのことで、
1日でも良いので休みが欲しいと言うことでした。
この地域では行けば幾らでもボランティアすることがあります。
しかし、組織に頼んで、要請を待っていてはおそらく間に合わないのでしょう。
時間があればその場に留まって手つだってあげたいと思いました。

各地で、被災の様子も、避難所の様子も異なっていて
釜石の中学校の体育館を使ったところはかなり厳しい状態が見受けられました。
工事現場用の仮設のトイレが古い体育館の脇に並べられて、
ドアの中は薄暗いどんよりした空気の中で毛布と段ボールの側に被災者が居るという状態
でした。

校庭には水のタンクが置かれ、少量の水を分けて使う様が見られ
赤十字の車とテントが張られ、診察が必要な事情を想像できました。


今回、出かけることができて、一関の知り合いとは35年ぶりの再開でした。
私自身、物資を届け、そして、この眼で、現地を見ることができて良かったと思います。

被災地、避難所で必要とされる、もの、事は、時々刻々変化しています。
現地からの声を聞く手段が持てろようになることを祈ります。

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2011年4月20日 (水)

犬の里親

【至急拡散希望】里親探しています 大至急! http://fosterparent.sblo.jp/?1302352041 破産手続きをすることになった東北にあるペットショップ。 百数十匹もの犬がいますが、処分しなければなりません。 どなたかもらってくれる方いませんか?

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大震災で亡くなられた方のために

白衣が足りないそうです。

http://blog.awai.jp/?eid=1407385

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被災地支援ーレッスンバック

先日、太田文化の森の講習会で、フレスコを学んだ方々が、今後もフレスコで作品を作っていきたい。大田区に役立つような壁画を描きたいということで、集まりました。

この会を「ア・フレスコ」と名付けました。そのときに、東北を支援したいという大野の思いを伝えました。その場で、義援金が1万円集まり、日本赤十字を通じて、寄付ができました。

その後、新学期が始まる小学生、中学生に、レッスンバック(布袋)を130も縫ってくださったKさん、ノートや文房具などを持ってきてきてくださったYさんがありました。

今日は大きな荷物を二つ、一関で、PTAの副会長をしている知り合いに送りました。

被災した学校の再開はすぐではないかもしれませんが、陸前高田の学校の生徒さんたちに届けられる予定です。

人の温かな気持ちが伝わっていくといいと思います。ありがとうございました。

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お知らせー小松原庸子さん

小松原舞踊団からメールが来ました。

小松原庸子がBS11のトーク番組

『女傑の導き』に出演します

420日本日23:30

先月、収録しました小松原に接して頂ければと思います

間際のご連絡ですが、遅い時間帯ですが

是非、ご覧になって下さいませ

小松原舞踊団とのおつきあいは、もう30年を超えます。

始まりは私が美大の学生の頃。今もやっている「真夏の夜のフラメンコ」という舞台が日比谷の野外音楽堂で、毎年7月の末にありました。

夏の暑い時期にこの舞台の緞帳や舞台装置を描きました。芸大の大学院の時には、みんなで真っ赤な緞帳を大きな布に描いたのがよい思い出です。今でも野音の舞台に登場します。

小松原庸子さんはタフな人で、若い頃から今も変わらない馬力ある踊りをされます。

今日の番組は「女傑」という言葉がついていますが、その辺を楽しみにしようと思います。

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2011年4月19日 (火)

大震災 映像

気仙沼から陸前高田へ↓En0046_rj_3

↓倒れた家屋。画面右側が基礎部分。牡蛎の養殖用の網が絡んでいました。

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↓小山の側に杉の大木が、立っていました。

傷ついた御神木です。画面右側に社の跡があり、四隅に竹を立てて縄で結び、御幣を付けててありました。

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2011年4月17日 (日)

原子力資料情報室

ustream

http://www.ustream.tv/recorded/14035727

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核実験 放射線量

http://www.epochtimes.jp/jp/2009/03/html/d15555.html

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2011年4月16日 (土)

地震国の原発

社説:震災後 地震国の原発 政策の大転換を図れ(毎日新聞)

http://bit.ly/dVvTgM 

毎日新聞がついに脱原発の論陣を張った。

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2011年4月15日 (金)

東日本大震災2

被災地の状況は自衛隊の活躍で、日に日に変化しています。

4月7日に大野が見た被災地気仙沼港の様子です。

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気仙沼港では津波にあった後、オイルの流出によって港は火の海となったところで、

真っ黒に焦げた船、陸の上にがってしまった船が港に散在しています。

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2011年4月10日 (日)

益子の窯

茨城出身のラボワークショップメンバーからメッセージです。

笠間の窯もほとんど全滅のようです。
笠間はゴールデンウイークの陶炎祭は実行するということ。
益子もやるのかはまだわからないそうです。

全国の登り窯、穴窯の作家さん、窯屋さん、益子の力になってあげて下さい。窯の修理できる人が必要です。RT 東日本大震災:焼き物の里も壊滅 栃木、茨城 - 毎日jp(毎日新聞) http://t.co/Z15aYqQ

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3.11大震災

3.11東日本大震災

今回の大震災にあった、岩手の知り合いに、何かできないかと、必要物資を送ったりしていました。遠く離れた東京から、義援金を送っても、未だ届かず、物資を送っても、倉庫に積まれてなかなか輸送できず、果たして何ができるのか考えていました。

報道された状況を自分の眼を持って知りたいと思い、4月6日、物資を届けながら、被災した現地にに行ってきました。一関から、気仙沼、陸前高田、大船渡、釜石を回りました。

震災と津波に襲われた地域は壮絶な様相で、言葉を失います。

町によって、また、避難所によって、様子は様々でした。

現場に立つことによって、すさまじさを体感しましたが、被災者のつらさは計り知れません。

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2011年4月 1日 (金)

日本の現状 福島原子力発電所

http://tanakanews.com/110316fukushima.php

田中宇氏の発言、無料で、閲覧できる部分です。

第2の正念場を迎えた福島原子力発電所

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