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2011年6月

2011年6月29日 (水)

カフェ夜学

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大森街づくりカフェ・カフェ夜学
定員10名のところ20名ほどに膨らんで、ア・フレスコやフレスコ友の会のおなじみのメンバーと、はじめてお目にかかるカフェの理事さん、整体師の方、アニメ作家、食品研究をされていたかたなどが話を聞いてくれた。
アートで、町つくりをしたいというカフェの理事であるOさんの紹介。人が集まるというのは素晴らしいことだ。
大田区にはアーティストは少なくはないのだが、横のつながりがないらしい。
町つくりは、人つくりから?
集まってくださった方々ありがとうございました。
いい仕事に協力できる日が来るのを楽しみにしている。


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2011年6月25日 (土)

手巻き寿司

築地場外で、卵焼き、マグロ、いくら等々買い物をした。南谷朝子さん紹介の築地のお店はどこもやさしく親切。築地の町を歩くと、おいしいものが目に張り、まっすぐに歩けない面白さ。
手巻き寿司大会をした。Aさん作のカツオのたたきは皮付きのカツオのさくをガス火であぶって、皮が熱いうちに食す。氷水にとったりしない。薬味を準備して、たたきができたら即刻食べる。絶品。
Iさんのフランス?仕込みの鳥料理もなかなか。

「手巻き寿司でもしましょうか」のZ子さんの声に始まった会でしたが、南谷朝子さん、忙しいのにお出ましありがとう。
来てくださった方、その場で手伝ってくださった方、皆さんありがとう。とてもいい時間でした。

築地から一緒だったZ子さん、I さん、お疲れさま。ありがとう。
10月の展覧会の打ち合わせを兼ねて、ラボワークショップとア・フレスコの会のかたとも交流ができた。
秋に向けて制作しましょう。

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2011年6月24日 (金)

魚釣り星

さそり座の和名である。
星座と言えば、ギリシャ神話に出てくる有名な名前達が、月々の星占いにも使われて、なじみがあるが、和名がついている。


さそり座全体の和名

★魚釣り星 (うおつりぼし)
★鯛釣り星 (たいつりぼし)
★漁星 (りょうぼし)
★釣り星 (つりぼし)
“魚釣り星”“鯛釣り星”は,広島・山口・愛媛・香川など瀬戸内地方の漁師たちの間で呼ばれた名前で,さそり座のS字型を釣り糸と釣り針に見立てている。さそりの尾のピンと跳ねた部分が釣針。
同じ見方は各地にあって,“漁星”は倉橋島,“釣り星”は石川県能登地方。
南へ行くと,喜界島で“フスクーバイ”(その名の魚の針)と呼び,那覇地方では“イユチーヤブシ”(魚釣り星)“ヤキナマギー”(焼野の釣針)と呼ぶ。
また,南太平洋ポリネシアでも,さそり座を空にかかった釣針と見ている。この伝説では,さそり座は神人マウイが海の中からニュージーランド北島を釣り上げた時の釣り針である。
★柳星 (やなぎぼし)
広島県呉市で見つかった名前で,さそり座を枝の垂れた柳の姿に見立てている。

とあった。

日本は、古から天体についても、独自の見方、とらえ方があるはずで、西欧に学ぶところがあったために、明治維新の時に和の捉え方を否定して、より合理的、論理的な、解釈や見方を教育してきたように思う。
それは、美術の世界でも同じで、鎖国をしていた江戸時代に育んだ、日本独自の空間のとらえ方を捨て、たとえば西欧の、一点透視図法を用いた、画面つくりを学んだ。西欧においても、空気遠近法やそれ以外の精神的遠近法を抑えて、一点透視図法が浸透することによって、絵画はより不自由な世界になったと考えてもよいだろう。
いわゆるデッサンを確立し、それをクリアーすることによって美術が構成されるようになったのではないか。

もう一度価値観を広く持って、一神教のような、単一の世界かはみ出して、自由になってみてはどうだろう。++

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2011年6月23日 (木)

被災地支援

被災地の公民館からやっと情報が届きました。
ほしいものを尋ねていました。

暑さよけの帽子、下着、Tシャツ、ズボンなどが入用だそうです。

暑い中で、家の片づけ、修理、畑の作業等をするそうです。

ラボにおいでになる方は、お持ちいただければ、送ります。

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2011年6月20日 (月)

喜井さんのモザイク展覧会

広尾にある、ギャラリー華でモザイクの展覧会が開かれている。
白い小さなテッセラを緻密に並べたオブジェのような平面。青い石と金色のガラスの立体。
石目を詠みながら制作するということを聞いたことがある。
フレスコに慣れた私には、小さな石を割りながら刺していくのは気が遠くなるような細かな仕事に思えるが、石はまた美しいと思った。
交差点角の小さな画廊の入り口には、吉武氏の、制作アレンジの陶板があった。心地よい。


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モザイクの作家たちが開く展覧会モザイクビエンナーレ


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2011年6月19日 (日)

ブッダ展を見て

東京国立博物館の、手塚治虫のブッダ展を見た。
東博の1階中央の階段裏の1室が会場である。
ブッダの誕生から、涅槃まで、一生が語られる。

仏像の制作年代や制作された国はまちまちであるが、ブッダの一生を表す重要な場面が漫画と像となってあらわされるから、簡潔に説明されてわかりやすい。

イスラム教のムハンマド、キリスト、ブッダ、の中ではブッダが一番古く、紀元前5世紀ころに生まれている。
誕生した時に「天上天下唯我独尊」と言ったという逸話は有名だが、自分一人だけ尊いという意味にとるのではなく、この世に生を受けたことの尊さを表した言葉だと思う。

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2011年6月18日 (土)

大田区探検 ア・フレスコ

多摩川駅集合
 昔、玉川園があったところ。

駅から玉川台公園は歩いてすぐ。アジサイはちょうど今が見ごろだ。

丘の上に水生公園があり、、ネジバナ、ショウブ、など水辺の植物が見られる。
昔、貯水場であったところで、決して広くもなく、深くもない。煉瓦つくりの一段低くなったところは実用性だけでない作り方に趣があった。
その隣は浅間神社。ちょうど神前結婚式をしていた。白いドレスの花嫁とスーツの花婿、庭での写真も楽しそうだった。境内か脇から都会的な多摩川の風も見渡せる。浅間神社または玉川台公園のアジサイ部分で、約30分スケッチ。
その後玉川台公園の古墳群の上を散策、ここには発掘されていない、5世紀ころとされる前方後円墳や円墳など多くの古墳が並んでいるのだ。多摩川の向こうに富士山の見えるはずのところを通過、今日は残念なことに曇っていて見えなかったが、写真撮り。
宝来公園通過後、田園調布の豪邸を左右に見ながら並木道を田園調布駅へ。
2時間ちょっとの散策だった。


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江戸東京博物館 五百羅漢

東京芝の増上寺蔵、五百羅漢図100点が展示されている。


(公式ホームページ)
http://500rakan.exhn.jp/

幕末の狩野派の画家、加納一信画、100幅の羅漢図。
増上寺秘蔵、めったに並ぶことのないものだ。

一信は非常に達者な画家で、縦長の構図に余すところなく、色と形で羅漢たちの姿を克明に描きだす。
私が面白いと思ったのは、羅漢動物園と解説されていたところ。架空の動物たちを含めて羅漢と動物たちの様子を現わした画面は、制約がなく、画家の自由な画面の扱いは、さらに興味深い。

7月3日まで、
9:30~17:30 金祝休

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2011年6月17日 (金)

体内被曝に対して

http://www.nirs.go.jp/news/press/index.php

放射性セシウムの半減期は約30年。地上に降り積もったそれは30年経ってやって半減するということである。では体内に取り込まれた後の生化学的半減期は個人差があるようだ。68日から165日と状態によって大きく異なる。
放射性物質を体内に取り込まないようにするのが一番良いわけである。

今日のTV番組の中で、チェルノブイリ事故の時に、汚染された食品から身を守る方法として、流水でよく洗うと数割除去でき、放射性物質は水溶性のものが多いから、野菜などは茹でて、茹で汁を捨てることで、さらに減り、酢につけることで、酢に溶けるものも多く、8割がた減らすことができるとしていた。
肉については焼かずに煮るほうが除去しやすいというわけだ。

野菜を洗うための「ホタテ洗剤」というのがある。大量に出るホタテガイの貝殻を粉砕して粉末にし、野菜を洗う時に水に振り入れて、10分くらい漬け置きする。農薬や粉塵等が洗い落とされ、人体に無害であるということだ。
これは日本画で使用する胡粉と同じようなもので、アルカリ性の白粉だ。
水に溶けるのは極わずかだが、アルカリ性のイオン水ということになる。
野菜に付着した放射性物質がマイナスイオンを帯びていればカルシウムのプラスイオンと結びつき、水中に浮遊することになると考えていいだろうか。
いわゆる石灰水がこの作用を持つのは、フレスコの主要材料であるからよくわかる。
消石灰は、鉄の精製の時にも不純物を吸着することから研究対象となってきた。
今回の原発事故で放射性物質除染中に、ゼオライトはすでに名前が挙がっているが、石灰も役に立ちはしないだろうか。

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プルシアンブルー

青い絵具としてのプルシアンブルーは石灰に弱く、退職してしまうために、フレスコでは使用しない。
この絵具は19世紀になって日本に入って、木版画などにも使われた、透明で美しい濃い青色である。
その、青絵具について面白い記事を見つけた。

ウィキペディアには次のように書いてある。
「歴史
1704年にベルリンにおいて顔料の製造を行っていたハインリッヒ・ディースバッハによって偶然発見されたとされている。当時は安価な青い顔料は他に存在しなかったため、これは陶磁器に彩色するために広く使用されるようになった。その後、彼の弟子によってパリでも製造されるようになったが、製造方法は秘密とされていた。

1726年にイギリスのジョン・ウッドワードがこの顔料が草木の灰とウシの血液から製造できることを発表し、製造方法が広く知られるようになった。」

この青色は放射性物質セシウム137による体内被曝に対して、排出効果があるというのだ。
化学名はフェロシアン化第2鉄で、簡単に言えば1価の、つまり手を1本持つ陽イオンとなり、1価の陰イオンを持つセシウムと手をつなぐ。腸管内へ分泌されたセシウムと結合して再吸収を阻害して、便として体外へ排出するという。

http://www.nirs.go.jp/data/pdf/prussian_blue.pdf

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2011年6月15日 (水)

被災地の様子

岩手の知り合いから、被災地の様子を知らせてもいました。

「こちらも、夏らしくなってきました。

洗剤は、とってもたすかります。

あと、暖かくなってきたので、ハエや蚊などがでてきました。

置くだけの殺虫剤や、虫除けスプレーなどが必要になっています。

被災地は、腐った魚や、貝類の悪臭で大変です。

ボランティアの人たちも臭いでまいっているようです。

片付けも、いろいろありすぎて困っているようです。」

とのこと。
長い支援を考えています。
ご協力くださる方があればこのブログまたは壁画ラボのHPにメッセージをお願いします。

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2011年6月12日 (日)

黒崎敏雄 自由な世界

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世田谷深沢にある、日本家屋に、土日だけ開く画廊がある。
黒崎敏雄の展覧会をしている。
せん画廊の主とお話しした。
上手い絵描きは往々にして、つまらなくなることがあるが、黒崎氏は面白くて、よい絵を描くまれな作家であると。

絵が売れなければ、画廊は成り立たないわけだが、売れる絵描きが良い絵描きである場合ばかりではない。絵描きとは、自分自身の絵を描ける人であるはずだ。それは必ずしもうまい必要はない。技術の習得は必要ではあるが、上手であることが条件ではなく、いかに、自分の絵を描くかにかかると私は思う。

http://sengarou.co.jp/exhibits.html


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2011年6月10日 (金)

手塚治のブッダ展 要注意!

ブッダ展は当初公表されていた日程、時間が変更になっている
先週金曜日、8時までの開館を狙って出掛けたが、すでに閉館していて、アウト!だった。

開館時間(変更後)
2011年4月26日(火)~4月30日(土) 10:00~16:00
(入館は閉館の30分前まで)
2011年5月1日(日)~6月26日(日) 9:30~17:00
(入館は閉館の30分前まで。土・日・祝日は18:00まで)
※4/26~6/26の会期中、金曜日の夜間開館は行いません

休館日(変更後)
2011年5月16日(月)、5月23日(月)、6月13日(月)、6月20日(月)、6月21日(火)

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2011年6月 9日 (木)

喜井さんの個展

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2011年6月 7日 (火)

ハワイ キラウエア

ハワイのキラウエア火山は活動の盛んな火山で、3.11の東日本大震災の前日も大きな亀裂を生じさせるような活動をした。大量の溶岩と二酸化硫黄ガスを噴出していたが、11日以降小康状態がとなったという。

(動画:キラウエア)
http://www.youtube.com/watch?v=nQQ1UaXesEo

そして今月4日5日にはチリ南部の火山が噴火、大量の噴煙と火山灰が上空を覆っているという。

今回の日本の震災は50キロメートルにも及ぶ地殻の変動が東北地方の東沖で起きたとすると、太平洋上の火山の活動やその後のチリの火山活動とも関係しているのかもしれない。
ハワイから日本、そしてチリへとエネルギーの移動があったと考えられるだろうか。
余震の数は変化するだろうか。

地殻の変動が地球規模で起きていると考えると、世界中どこでも大災害は起こりうる。
どこでも、防災の意識を持って生きるべきということになる。
日本は、すでに大震災を受けて、どう乗り越えていくか、世界は注目している。
人々の意識にも変化があるだろう。日本各地での防災訓練が行われている。
今まで、いつか忘れていた、防災の意識をもって、備えれば、日は当分の間、世界で一番安全な国になるだろうか。

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2011年6月 5日 (日)

街歩きー2.尾崎士郎記念館

馬込文士村でも知られる、尾崎士郎記念館を訪れた。
玄関からは、平屋の和風建築の中央の畳の部屋で、酒をに見ながら執筆していた様子を想像させる。
木戸を入ったところの中庭には欅の大木があって、士郎が相撲のけいこをしていた写真が展示されていた。
尾崎士郎といえば、宇野千代との交際で有名だ。明治31年愛知県に生まれ、対象8年21歳の時には早稲田大学を除籍になった。
宇野千代との交際は有名だが、25歳でこの人と知り合い大田区の馬込村に居を構える。しかし32歳の時には正式離婚となっていた。
37歳で、「人生劇場」を表し、挿絵を描いた中川一正との交流もあった。
56歳で大田区山王の現在の地に転居。66歳で逝去。

何人かのメンバーで行くとそれぞれの感想や情報を交換でき、意外に面白い散策となった。

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街歩き-1.蘇峰公園

大田区在住の人が中心となっている、フレスコ画を描こうという団体「ア・フレスコ」では、
まず、大田区を知ろうと考え、大田区街歩きを始めることにした。
最初の散策コースは、壁画LABOから程近い、山王地区、蘇峰公園と尾崎士郎記念館を回った。

通称蘇峰公園、正式には「大田区立山王草堂記念館」。
徳富蘇峰(1863~1957)が収集した10万冊に及ぶ和漢本がおさめられていた成簣堂文庫が展示室となっている。
蘇峰は、徳富蘆花の兄である。ギネスブックには一番多くの本を書いた人として載っているそうだ。代表作としては「近世日本国史」(100巻)がある。著名人との交流を表す、手紙や、絵付きはがきなども展示されている。

蘇峰公園とも呼ばれる庭園は丁寧に整えられて、大田区にもこんな庭があったのだと気づかされる。とくに有名なのは日本に2本しかないと言われる「カタルパ」の木。5月から6月にかけて可憐な白い花をつける。最後の花に間に合った。


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画像提供はア・フレスコの岩井さんです。


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2011年6月 4日 (土)

service という言葉

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サービスという言葉は頻繁に使われる外来語であるが、名詞として、世話、公の事務、配給等の意味。
social の後につけて「社会奉仕」、military の後につけて「兵役」となる。the services で「陸海空軍」である。

同じ行動する場合でも、たとえば被災地の支援、救援でも、ボランティアとサーヴィスは大きな違いがあるようだ。

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2011年6月 3日 (金)

volunteer

ボランティアという言葉、英語のvolunteer:
志願者、志願兵という名詞。 また、自ら進んで引き受けるという他動詞。

東日本大震災のためにこの言葉の意味がやっと分かった。
いてもたってもいられずに、自らの意志で、進んで、手伝う。そのことに喜びを感じるということ。
命令や、役割や常識でななく、したいことをする。そのことで、他の人がどう思うかではなく、自分の意志で動くこと。
そしてそのことのすべての責任を自分が負う。それが自由だ。

この大惨事を受けて多くの人の意識が変化しているように思う。
被災地のために何かできることはないかと、日本中が考えている。
避難所の中学生、高校生はこのような気持ちをいち早く素直に動かし、避難者の食事の手順介助や情報集め、新聞つくり等、すぐに行動に移した。
我々もできる募金、物資の送付、がれきの撤去等やれることをやろうとしている。
国難だと言いつつ、一番反応の遅いのが、国会の代議士であるようだ。

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2011年6月 1日 (水)

今の被災地

洗剤不足のため支援を、の呼びかけに答えて、友人が岩手に洗剤を送ってくれた。
現地からこんな返事が届いたので一部紹介する。

「ありがとうございます・とても助かります。
ガレキの山も少しずつ減っています。
なくなった人が見つかると、今は姿で判明しないので、全部DNA鑑定だそうです。
地元の人が、ガレキの片づけに雇用されています。
そのため、ヘドロのついた洗濯物が毎日でるそうです。
洗剤は、本当に助かる支援です。
子供達も元気いっぱいなので、毎日洗濯物の山です。
8キロ洗いの洗濯機を3回廻しています誾竧支援して下さった方に、ありがとうございますとお伝えください。」

被災地の大変さが伝わってくる。
それでも、何かできることがある。それを喜んでくれる時、幸せだと思う。
これからも続けよう。

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自然エネルギーへの転換

署名できます。
http://www.wwf.or.jp/activities/2011/05/986120.html

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大工のAさんから被災地の様子

http://www.youtube.com/user/LUCKYkun0?feature=mhee

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