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2014年1月31日 (金)

澤地久枝

澤地久枝氏を知っているだろうか。1930年生まれのノンフィクション作家だ。

私はつい最近まで、その名前を知らなかったのだが、昨日この人の話を聞くことになった。三鷹の駅前に細川氏の応援として、瀬戸内寂聴とともに現れた。
澤地氏は、細川氏にも、小泉氏にもあったことが無いという。それでも、この応援に来た理由を整然と述べた。
澤地氏はもとより、原発反対派で、議事堂前での座り込みなどで活動もしているが、現安倍政権の現状を見て、秘密保護法や、自衛隊の防衛権の拡大、ひいては憲法改正に対する動きに大きな疑問、大きな不安、間違った道筋をたどる危険をはらむという。これらの動きの行く先は、「日本は戦争のできる国とする」、という意味がある。積極的平和主義の意味でもある。
今回の都知事選挙は原発を争点として、日本の目指す方向の見極めになるというのだ。
これまで、保守の応援を一度もしたことが無いという澤地氏が今語るのは、「東京」から日本を変えていこうという、変えていかねばならないという強い主張があるからだ。
そして、瀬戸内寂聴氏が、京都から、東京へ来て、細川氏の応援に立つのは、ただ細川氏の知り合いであるからではなく、東京都から変えなければ日本は戦争のできる国になって行く。それは嫌だと思うならいやだと都民が先ずいうべきだと。
吉祥寺の東急ホテル前で、澤地氏は語った。
第2次世界大戦以降、70年間現在まで、日本人で、戦死した人は1人もいない。米国を見ると、この70年間に戦死した人は数知れない。そして米国では第2次世界大戦で、戦死した父の子供が戦死した例も複数ある。
日本が70年間にわたって平和を維持することができたのは日本の現行の平和憲法があったからであると。

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